過食は身体の欲求ではありません。奥に隠された原因と理由があります。

過食の原因と仕組み

過食は止められます。
どんなに長い間苦しんできた過食であろうと手放せないものではありません。

それは過食嘔吐や過食下剤だって同じです。
必ずやめられます。

何故ならそれは自分がやっていることだからです。
だからそれは必ず自分でやめられます。

どうして摂食障害がなかなか治らないのか、現代医学では難病指定されているのか、
それは無意識下で起きていることを頭でやろうとしたり薬で何とかしようとするからです。
無意識下で起きていることは無意識下の仕組みから改善する必要があります。

しかし、同じことを学びながら同じ方法に取り組みながら人によっては改善期間はまるで変わります。

それどころかいつまでたっても治らない人もいます。

いったい何が違うのでしょうか?


もちろん人によってさまざまな要因があります。
原因となっていることの違いによっても変わってきます。

でも共通のことがあります。

それは恐れです。

恐れていることに対しての向き合い方です。


誰もが怖いと思うことがあります。
何も怖いことにない人間はいないと思います。

誰の中にも弱さがあります。
いえ、弱くない人間などいないと思います。

けれど、その恐れや弱さへの向き合い方がその先の違いを生み出します。

怖いと思うものから逃げ続けようとするのか。

自分の弱さを理由にして立ち向かおうとしないのか。

それがその人の改善過程を大きく変えてゆきます。


過食とは代替行為です。

問題の本質はけして食べるという行為そのものではありません。
問題の本質はけして痩せるか太るかという表面的なものではありません。

その奥に共通して存在しているもの。
それが恐れです。
なにかに対する恐怖心です。

そこから目を背けるために代替行為は起こります。
そこにある本質的問題から逃げようとすることで代替行為は起こります。


だから、恐れとの向き合い方によって改善への道のりがまるで変わってきます。

原因となる観念を創り出した出来事の大小ではありません。
過食を繰り返してきた年数や症状の程度ではありません。

見たくない問題の本質に目を向けられのか。

怖くないわけではありません。
けれどその怖いと自分が感じることに勇気を持って向かい合えるのか。

それが改善の成否に大きく影響します。


怖いと感じることの奥にこそ問題の本質が隠されています。

自分の弱さの奥にこそ新たな可能性が隠されています。

それに向き合ったときに…
人は恐れの始まりであったほんのささいなきっかけに気がつきます

等身大の大きさに気づいたときに…
そのことを乗り越えられる自分の力に気がつきます。

恐れは幻想です。
それはある体験やある思い込みから自分が作り上げてきた物語です

それに気づけば代替行為は起こらなくなってゆきます。

必要なのはほんの少しの勇気です。