過食は身体の欲求ではありません。奥に隠された原因と理由があります。

過食の原因と仕組み

過食を止めるためには必要な我慢があります

 

良いガマンがあります。

望む成果を得るために必要な我慢です。



悪いガマンがあります。

それはただ力ずくであって結果的に反動によってフっ飛ばされる我慢です。



過食衝動が起きた時にただそれを我慢し続けることは至難の技です
騒動にフっ飛ばされる事を繰り返している内に、我慢どころか一瞬の抵抗さえ持つことのできない人も存在しています。

だからと言って、過食を治してゆくためには我慢する瞬間も必用となります。
何の抵抗もなく食べたいと思ったらそのまま食べ続けながら過食を改善するのが難しいことは容易に想像できます。


では、どういう我慢が良いガマンとなるのでしょうか?

過食を改善してゆくことにつながる我慢とはどういった我慢なのでしょうか?



まず、過食の本質は代替行為です。
過食には隠された目的や無意識的コミュニケーションとしての側面があります。
そういった根本的原因に目を背けたままで表面に現れた食欲だけを考えていても解決しません。

考えてみてください。
身体はすでに満たされているのに食べ続けてしまうのが過食です。
それは身体からの欲求ではないのです。

そういった代替行為の本質を解決しない限り過食と自己嫌悪の繰り返しは収まりません。



良いガマンとは…

代替行為の基にある本質的欲求を理解しながら表象のひとつである食べたいという衝動に立ち向かうことです。

その衝動がけして食べることで満たされないことを理解しながら目先に流されないように堪えることです。
そうしてゆくと根本的原因であることに意識の焦点が変わることで身体感覚としての食べたい欲求が消えていきます。


もちろん最初からうまくゆくとは限りません。
根本的原因に気づいていなければどこに焦点を当てていいのかもわからないでしょう。

しかし、それを理解していれば衝動を消すことを体験できだします。
それを何度か繰り返すうちに衝動が怖くなくなってきてそうすればより衝動そのものの頻度が減ってきます。


本質的原因を解決するため、そこに意識を移行するために目の前の衝動を堪える。

それは必要な我慢です。
それは今までとは違う明日へつながる我慢です。




逆に、奥に隠された原因や目的もわからないままに、

無理やりに、

我慢し続けることは誰にも不可能です。
その歪はさらなる反動として自分自身をフっ飛ばしてしまいます。

そういった我慢は勝ち目のない無謀な戦いです。
さらに強い過食衝動やリバウンドを引き起こしかねません。

理由もわからないままに意志の弱さのせいにして自己嫌悪だけを強めてしまうのは賢い行為ではありません。
それは悪いガマンです。


あなたは衝動が起きた時にどちらのガマンをしようとしていますか