過食は身体の欲求ではありません。奥に隠された原因と理由があります。

過食の原因と仕組み

今年3月より合宿内容を過食改善に特化して初めてのGWでした。

講義内容を過食に関わる無意識の仕組みに集中できたぶん中身は濃いものになったと思います。
しかし伝えたいことがあり過ぎて一週間では消化不良の面もあったかもしれません。

また、同じ期間を過ごされた方でも人によってまるで違う成果を持ち帰られます。
もちろんそれぞれ得るものが違うのは当然のことなのですが、中にはこんな反応の違いもあります。

 

ある人は今まで引きこもってきた時間のぶんまでいろんなことに挑戦してみたいと希望に燃えて帰られました。
しかしある人はそうやって日々変化してゆく人を見続けているうちに、
「それに比べて私は…」
というように落ち込んだ人もいました。

 

結論から言うと、どちらの成果も今はそれでよいのだと考えます。

 

自分を信じる力を取り返して希望に溢れている人はもちろん。
逆に元気になってゆく他人と自分を比べて落ち込んだ人だって。。。

 

大事なのは、今までの自分が何に苦しんできたのかが理解できた時、それに対して起きる自分の反応を正直に受け入れることです。

今まで自分を制限してきた心のブレーキがはずれたことで奥底に押し込まれていたエネルギーが戻ってきます。
今まで過食などの代替行為に無駄に変換されてきていた本来のエネルギーが戻ってきます。

だからそういう人は新しいことにどんどん挑戦してゆくことが大切です。
けしてそれだけですべてが変わったわけではないかもしれません。
仮に壁に当たろうとそれもOKです。
失敗したってかまいません。
その行動した体験こそが自分の財産になってゆきますし、行動した事実はけして無くなりません。

 

また、他人と自分を比べて落ち込んだ人だってそれでかまわないのです。
誰だって目の前でどんどん変わってゆく人を見れば焦る気持ちが生じます。
それこそ人間としてあたりまえのことであってけして恥じるようなことではありません。

そこでその感情に酔い続けなければ。
そこで正直に自分の中で生じた感情を冷静に見つめることができれば。

それは次のステージに自分を導いてくれます。

 

今この瞬間の自分を正直に認めることが何より重要です。
気づかないままに同じことを繰り返し続けていれば人はいつまでたっても変わりません。

しかし、

無意識下で起きていることの仕組みや方程式を知った後で。

正直に自分の感情や反応を受け入れることには価値があります。

その反応に気づいた自分がそのままではいられないからです。

その反応の奥に隠されている想いや観念を学んだから以前のように無意識的反応を繰り返すことができなくなってゆくのです。

 

人は一度聞いたことは無意識層にストックされます。
自分が受け入れた新しい観念はそこに存在し続けます。
今はその通りに行動できなくても自分の中で温め続けられます。

だから変化が起きてきます。

以前のように無意識的ではなくその都度自分の反応に気づくことが起きてきます。

その一瞬々の自分への気づきが変化を促します。

 

なにかのきっかけにその変化が起きる人もいるでしょう。

気がつけば自分が変化していることを他人から指摘される人もいるでしょう。

 

その変化がある一定ラインを超えた時に過食という代替行為は必用なくなります。

 

自分の中に種を蒔く。
そのことは必ずいつか実を結びます。